コーチとは救世主、コーチングとは洗礼

コーチという概念を抽象度高く考えてみると過去の偉大な先人達が見えてきます。
釈迦、キリストは間違いなく人類のコーチであり、世界宗教として今も影響を与えています。
新約聖書の著者であるパウロはキリストの洗礼を受けて救世主となりました。
それは現代風に言い換えると『コーチからコーチングを受けて、自身がコーチとなった』という事です。
コーチからコーチングを受けて次はクライアントがコーチになる。
世界宗教の布教の仕組みは非常にシンプルだったのです。

最新の科学によるコーチング

本物のコーチングのスキルというものは非常に素晴らしいです。
ただ1つネックがあり、それは『コーチングの真価がイマイチ伝わりづらい』という点が挙げられます。
システマテックな巨大な体系を学ぶ上では理解と体得、すなわち臨場感が伴わなければ効果は半減です。
なのでQigongrayでは先人の手助けを借りるスタイルを確立しました。
密教とコーチングを学ぶことで真の理解と体得に至るのです。

世界宗教となる思想

とはいえ滅茶苦茶な思想をコーチとして広めてもその方は救世主と呼びません。
『世界宗教になる思想』というものが存在します。
その思想は現代の最新科学においても理にかなっており、2600年の時を経て完成された知の財産です。
仏教とキリスト教の二つをメインに、そして現代の最新のコーチングと共にレクチャーしていきます。
これらすべてを俯瞰できる抽象度へ登る事ができるのです。

世界に秘められた教え、私達に秘められた教え、それが密教

世界宗教にふさわしい思想のインストールは顕教とも呼びます。
宗教によってはこの段階を『悟り』として設定しているようですが、実はまだ先があります。
『大乗の悟り』は釈迦の生き様であり、キリストの生き様でした。
それをまとめて『密教』と表現し、現代において究極のコーチングの姿として2600年間伝えられてきました。

超自然的な力の体得

あまり大きな声で主張することはできません。
ただ密教がそのような側面を持つことは紛れも無い事実です。
先人の奇跡を作り話だとシラケてしまう現代人には全く見ていない世界が存在しています。
その力を身につけるための資格となるマインド、その力を積極的に活用していくマインド。
見たことの無い景色はすぐ目の前に広がっていたのです。